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パーパとマーマの『007 スペクター』

クレイグ/メンデスのボンド像がただの萌えキャラに後退していてさながらセカイ系深夜アニメに仕上がってたよスペクター。しかも全然気持よくないよ。予告映像にスカイフォールで回収された焼失物品が出てきた時点で「まーた実家絡み。出生の秘密とかやるんじゃあるまいな」って危惧を覚えてたんだけどバッチリ当たってしまったよ。前作のスカイフォールがそもそも孤独と葛藤に苛まれる諜報員の在り方とかその他諸々をファミリードラマに矮小化してママは死んじゃったけど新しいパパが出来たからオッケー! でシメた怪作だから順当と言えば順当だけど、愛があればいいってもんじゃない。







冒頭メキシコシティで大暴れしてパパ(ファインズ"M")にこっぴどく叱責されたけど、それもこれも天国のママ(デンチ"M")が残した遺志だったんだよ! って終末期医療みたいなビデオレターを再生してボンドはマニーペニーの協力を取り付けるんだけどこの時点で既に諜報活動の主体は家族主義的イデオロギーに侵襲されていることを予告していたっぽい。SIGINTとHUMINT、新体制と旧体制という具合で新旧の対立構造が表現されていて風采の上がらない悪役官僚が00〈ダブルオー〉セクションは時代の遺物だスパイは役立たずだとコテコテに煽ってくる。そんでパパはドローンや盗聴では標的の瞳を覗く瞬間がふじこふじこと、(すごいどうでもいい)劇中の基本理念を代弁する形で応酬し、それを象徴するように何かとファミリーで行動し始めるw MI6が解体されて閑職に追いやられたってフォローはあるにしろ、ボンド/M/Q/マニーペニー/ターナーと普段ペーパーワークばっかしてるような連中が一丸となって現場に出張り、対スペクター作戦を必死に頑張ってて、どこぞの家族経営の国際救助隊のような趣があるw ボンドが夜分遅くマニーペニーに連絡を取った際「今のは?」「友達よ」「深夜だぞ」とまぁこういうおもしろホームコメディがフィルムの随所に挿入されていて、英国的主題のコンテンポラリーってサンダーバードなの!? ってそりゃ思うよww 結局ここで提示されているのは勧善懲悪というステレオタイプの反復じゃなくて、家族主義への回帰の中で国家(組織)は再生しうるというNHKの朝ドラみたいな愛憎譚。ラスボスの性癖は前作クレイジーマザコン、今作クレイジーファザコンってのもぶっちゃけ芸がない。




そして映像がとにかく退屈。悪の組織スペクターとその首領ブロフェルドがやっすいやっすい。英ブレナム宮殿の会議シーンは世界観に対してどのような悪意が表明されるのかとwktkしてたけど「偽造ワクチンを流通させました!」「難民女性を多数売春施設に押さえました!」とか、あげく「我々の勝利は目前です(キリッ」なんて総括してて完全に深夜アニメww いや、実務的な世界征服のミッションを台本の肥やしとしか思ってないから深夜アニメ以下だ。爆発オチの秘密基地にしてもそうだけど、世界規模の秘密結社を設定したところでブロフェルドの動機は終始「パパの寵愛パクったボンド殺す」で完結していた(つまり世界観そのものに興味が無い)から、キャラ造型としちゃ劣化シルヴァにしかなってない。マドレーヌに父親自害シーン見せたり、ダダ滑りしてるカッコウの物真似を繰り返したり、MI6本部ビルに顔写真ペタペタ貼って精神攻撃とか悪役のイマージュがそこいらの中学生レベルで、オールドファッションというよりただの陳腐化。ブロフェルド引っ張ってくる必要なかったでしょこれ。ボンドにしても不慣れな暴力描写を火薬量で誤魔化す感じだったし、スパイ映画コンテンツをシリーズタイトルのスチールブックと勘違いしてる。ボンドシリーズの湛える官能性と外形的なファミリードラマが明らかに自家撞着起こしてて、スカイフォールはそのギリギリで踏み止まっていたんだなと思ったよ。まぁあっちも好きじゃない。殺さないライセンスとか嘯いてるけどそもそも復讐の因果からの脱却/世界の悪意からの逃避ってカジノ→慰めで到達したラインなのに無駄にリファインしてメンデスは何がしたいんだ。Mr.ホワイトを小物化させたことも鑑みるに一番悪意を湛えているのは監督とかそういうオチ?w 最後にムリヤリ褒めるとすれば、TOM FORD製の瀟洒なデザイナースーツかな。クレイグボンドのタイトなケツを眺めればチケット代くらいは取り戻せる。



"KZ"をクズと読んでしまったのは私のせいじゃない



これは所謂セカチュー系(?)作品ですか。世界の中心でイケメンの愛を求めるとかそういう。天才てれびくんのアニメ枠は昔から好きでしたが今作は特筆すべきものがある。簡単なアウトラインは小中学生の集団が事件に直面して推理で解決。やったね。という微笑ましい字面だけど、かなり欲望にストレートでしたね。主人公あーやはろくに友人や理解者も存在しないコミュ障状態を出発点にしていて、家庭・学校・学習塾に至るまで、現代社会のあらゆる場所に帰属する術を持たない孤高の少女として存在しているせいか厭世的なナルシズムがだだ漏れ(母親ですら妙に嫌らしい顔立ちで表現されている辺り徹底している)。その世間嫌いのあーやが主体として行動する動機を用意する為に、探偵チームKZという小集団が結成されて、それぞれに役割設定(「国語のエキスパート」!)を割り振り、事件を解決するという手続きでイケメンとの相互承認をこなしていく訳ですが、組織暴力や陰謀といった荒唐無稽なシチュエーションこそ登場しないものの、退廃した社会の断片として「事件」が展開されていく露悪的な物語にビビりましたよ、ええ。第一のエピソードから不良学生が強盗を働いて小学生相手にナイフを振りかざしたりするw ここで探偵という存在は「私を孤独に追い立てた現世の社会構造に与したくない」という対抗性を孕んでいて、それ故現代に存在する唯一の聖域としての探偵チームKZを強調するとそのコントラストとして外部的な存在はおしなべてクズになるんですよね。視聴者が受け取る体感治安の劣悪さはそのまま主人公の社会に対する不信感を反映している。あーやは中学に進学しても全くクラスメートに関心を示さないし、それどころか「第二志望に滑り込んだら(相対的に)頭がいいことを妬まれて、クラスメートを始め女王気取りのうぜえリア充が嫌がらせしてくる」なんてナルシズムの肥大化を許している有様ww



一方で自分を庇ってくれたイケメン砂原くんには全幅の信頼を寄せて、彼が不良という噂も一蹴。まぁこれはいい。結末を先取りすると、彼の父親が経営する食品加工メーカーのチンピラ社員が重大な不祥事を起こして会社は倒産。砂原くんも転校……。さながら貴種流離譚のヒロイズムを湛えたドラマチックな主人公との離別を演出すべく、世界に悪意は前提され、個人的な信頼関係の構築が主人公→イケメン間にのみ保障されている。マッチポンプの理想郷として描かれる探偵チームKZは彼女らを持て囃し、褒め称え、「事件」という手続きを通じてその連帯をより強固なものとする。しかし、その外部で営まれるあらゆる倫理観・正義感は依然として矮小化されたまま。あまつさえその残酷さを何らかのドラマとして昇華することを是とし、糧とする。この獰猛さをどう見るか。



断っておくと私は評価してますよ。いやホント。欲望肯定の自己啓発において謳われる攻撃性、その正当化のロジック。普通に深夜帯の最前線で戦えるような洗練を感じましたね。藤本ひとみ(原作)の児童文庫→NHKアニメというキャリアパスを通じてよもやこんな特異点が見つかるとは。これを小中の子女が食い入るように視聴していると思うと、やはりヲタコミュ的メンタリティの連続性はしっかり保たれているのだなと感慨ひとしおですです( ˘ω˘)

GATE/ゲート/げぇと!



「趣味に生きる為の仕事。仕事と趣味なら趣味を優先する」
勿論、生活習慣で限りある時間の過ごし方に序列をつけているという主張ではないですよ。ここで主張されているのは「殺すけど、邪悪な野蛮人ではありませんー」という、自身の欲望に対するエクスキューズと見るべき。ある日、潜在していた異能の力が発現する凡百の異能バトルがそうであるように、実は私はデキる! という欲望に集中する自己評価に、何とかして外形的事実を与えたい。そこでGATEですよ。殺していい対象と理由を模索すると自然扉が開くという寸法であり、あらゆるメディアを横断する最強の手続き。大量死の契機は間違いなく自分自身の欲望を端に発したものだけど、それを「悲劇」としてアウトソーシングするのが連綿と続く深夜アニメのお作法だから、まぁここを責めても始まらない。アレとかアレ。他者への優越を示す上での嗜虐心は抑制されてはいても否定されてはいないから、あくまで結果を引き受ける形でのみ単純化された暴力の応酬にエレクチオンしよう! というコンベンショナルな娯楽作品の類型として鑑賞できる。暴力は殆どの問題を解決する。オタク言語のB級ハリウッドみたいなものか。




展開されている戦闘を見ると、蛮人VS市民という文化的対立軸ではなくて、明らかに物質主義礼賛に寄せている。素人目にはよく分からない動令がけたたましく響き、敵を圧倒するんだけど、これは自衛隊(現代軍隊)という組織が時代と共に科学技術や論理の洗練を経た極めて質の高い戦闘集団ということを示していて、物質性オールオッケーという流れ。伊丹は相変わらずボンクラオタクで、殊更精神の揺れ動きが描かれない一方で封建軍の皆様は功名心や義侠心に逸ったりで精神的な強さを掘り下げられるも、戦闘の趨勢はそういった信念や覚悟ではなく物理的な戦力差においてのみ左右されるから、その時点で既に勝者と敗者は画然と区別されている。分かり易くていいね。詰まるところ世界設定において複雑多岐な社会の様子を大雑把に「中世」と「現代」とに切り分け、更にそこから作品全体を貫く価値基準として「自衛隊へのアクセス」が置かれている。だから登場するキャラクター(勢力)の性格や役割は、その二分法のふるい分けに回収される限りでしか描かれず、それ以上の詳述はなされない。中共米帝もまとめていらっしゃい! 剣と魔法とドラゴンが同居するゴチャゴチャしたファンタジー世界で、ヴァルキューレの騎行を背景に自衛隊がミサイルパーリィ。んー、一つ言っておきたいのが無節操なパッチワークは作品の性格に由来する部分だから、それを技巧の問題として読み込むとエラー吐いて死ぬと思う。私のTLは既に死屍累々。





例によってオチはないです。