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だけど、涙が出ちゃう。メンタルモデルだもん

トゥーンレンダリングの3DCGアニメで、しっかりヒロインキャラの可愛さを描出できているのはちょっとした感動。深夜アニメの制作リソースも馬鹿にできませんね(小並感

 

 

さて『蒼き鋼のアルペジオ』。当初は霧の艦隊を盟友として労るヒューマニストのポーズを取る千早群像にやや鼻白んでいましたが、読み進めれば何の事はない。彼は作品世界における最適解を選択する人格を演出していただけ。

 

この世界で霧の艦隊は人類に仇なす敵対的知性体として君臨していますが、結論を前倒しにするなら彼女達は人類とヒューマニズムの探求を供にするパートナーシップ(※駄洒落に非ず)。霧の艦隊は余りにも自己に無頓着で、その帰属意識に希薄です。種を異にする生命でありながら、あくまで人を人足らしめる"人間性"に回収される範疇で、肯定的役割の達成と現実感の充足を獲得しようと試みる畸形がそこに有る。人類を遥かに凌駕する技術体系を擁していながら、かと言って示威行為を旨意しない。やっていることと言えば、人類を海から追い出して虎視眈々と囲い込み。ご丁寧に「メンタルモデル」という(主体の倒錯を告知するに等しい)コミットツールまで形成している始末です。

 

だからこそ、この世界では「人類」と「霧の艦隊」の邂逅にこそ趣旨を求められる。知性、理性への信奉を端に発する、より本質的な人間の探求が奨励される世界。メンタルモデルの特権性は、それ自体、端から人類へと委譲される目的にある限定的な代物ってことですね(逆にメンタルモデルを形成できない小型艦船は、人類に寄与の余地ナシと峻別され遠景に葬られる)。彼女達の動態が必ずしもアイデンティティの喪失を意味しないのもそういうことで、いっそ尊重されるべきと記述されている。重巡タカオが所謂「ちょろイン」というキャラ造形を取っているのも、何もハーレムという奥ゆかしい記号表現に追従しているのでなく、それは人間全体への馴化の一端として捉えられる。 大戦艦コンゴウさんなんかも、続々と離反する麾下艦船に対してお冠ですが、いずれにせよ彼女の発揮する個も人間性に由来する。任務に忠実であれど、人の形を模して昼下がりの有閑に紅茶を嗜む姿に、固有の主体性を欠片も認められない。彼女達「霧の艦隊」の出自が、極めて人間に偏頗した共生体として要請されている事実は作品世界で表立って開示されないので、コンゴウさんはピエロに殉ずる他ない悲しさ哉。蒼き艦隊のハチャメチャぶりは、しかし限定の範囲内に在るのですよー

 

 

個人的な8話のハイライトは、主賓を差し置いてどっかり上座に座る千早群像(笑