異能バトルは冬木市のなかで


Fate/stay night: Unlimited Blade Works Episode 0 ...




現代的であり強固な連続性を保った現実世界を凌駕する特権的なフィールドとしての異能バトル。そこでは肉体的な闘争の機会が与えられ自らの不全性を解消ないし慰撫すべく観念的な地平でのバトルロイヤルが往々に繰り広げられるワケですが、Fateが正にこのラインではないかと。略言すると異能バトルが全て。他は何も要らない。


メインプロットに据えられている「正義の味方」という設問にせよ、物質的な変革の方法論を確立させたり正義の内実を社会的文脈で擁立したり、そういった世界の在りようをロバストに設計する意味付けじゃないですもんこの作品。おちおち闘争も出来ない現実世界の漠然とした閉塞感に漂う自意識肥大を、戦争で彩りました。てへぺろ。僕(/主人公)が現実世界に連続性を保って置かれている事実が「正義の味方」という表現を取るのであって、膠着した日常生活への批判と冷笑に支持される「正義の味方を志して闘う僕」という構図こそが異能バトルであり、聖杯戦争である訳です。だから世界各地から名立たる英霊を総動員して最高にカッコ良い第五次聖杯戦争を企画するんです。異能バトルという美学の権化をスムーズに機能させる為の動機付けという形で補助線が導入されているだけのこと。正義の味方を巡る自己設計も、異化的な翻訳を施したファンタジー設定(聞けば型月世界観では『魔法使い』と『魔術師』の峻別に相当量のテキストを割いているとのこと)も、それ自身はあくまで異能バトルを下支える劣位的要素に過ぎない。


だから私はそれが美しくなければならんと考えるんですよ。せめて仮構した幻想世界の中では高潔であろうと試みるから。世界の全てが詰まったボリュームパックを血と汗でデコレートする健気さは、これはいい。


美しく、そしてカッコ良く。世界と対峙する実存を持つ英霊もしかし説話の中の生物なので外観でも説得力を持たせる必要が出てくる。一角獣が一角獣たる所以。ツノが無ければただのウマ。そこで現実世界との非連続性を主張する為に風貌がどうしても奇天烈になってしまう。更に背景は土着の現実世界に準じるという点。ここが異能バトルに根差す根源的アポリアかなぁ。英霊がカッコ良くないのは論外だけど、カッコ良くしても背景が校庭ですよ校庭。次は校舎、居間、中庭と土蔵……。全身タイツの中年男性が市中で槍を振り回すシークエンスを美的写実として受け取る、受け取らざるを得ない座りの悪さ。異能バトルが異能バトルであるが故に、本質的に不可避な構造弱点でしょう。心象風景や固有結界という迂回路も対症療法であり直接の解決をもたらすものではない。そういえばアメコミヒーローも中年の仮装男性と揶揄されていましたっけ。現代世界で単独の存在でない複合的な美を演出するのは骨ってことなんでしょうか。遠坂邸と衛宮邸の落差たるや、涙無くして見られない。