読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

GATE/ゲート/げぇと!



「趣味に生きる為の仕事。仕事と趣味なら趣味を優先する」
勿論、生活習慣で限りある時間の過ごし方に序列をつけているという主張ではないですよ。ここで主張されているのは「殺すけど、邪悪な野蛮人ではありませんー」という、自身の欲望に対するエクスキューズと見るべき。ある日、潜在していた異能の力が発現する凡百の異能バトルがそうであるように、実は私はデキる! という欲望に集中する自己評価に、何とかして外形的事実を与えたい。そこでGATEですよ。殺していい対象と理由を模索すると自然扉が開くという寸法であり、あらゆるメディアを横断する最強の手続き。大量死の契機は間違いなく自分自身の欲望を端に発したものだけど、それを「悲劇」としてアウトソーシングするのが連綿と続く深夜アニメのお作法だから、まぁここを責めても始まらない。アレとかアレ。他者への優越を示す上での嗜虐心は抑制されてはいても否定されてはいないから、あくまで結果を引き受ける形でのみ単純化された暴力の応酬にエレクチオンしよう! というコンベンショナルな娯楽作品の類型として鑑賞できる。暴力は殆どの問題を解決する。オタク言語のB級ハリウッドみたいなものか。




展開されている戦闘を見ると、蛮人VS市民という文化的対立軸ではなくて、明らかに物質主義礼賛に寄せている。素人目にはよく分からない動令がけたたましく響き、敵を圧倒するんだけど、これは自衛隊(現代軍隊)という組織が時代と共に科学技術や論理の洗練を経た極めて質の高い戦闘集団ということを示していて、物質性オールオッケーという流れ。伊丹は相変わらずボンクラオタクで、殊更精神の揺れ動きが描かれない一方で封建軍の皆様は功名心や義侠心に逸ったりで精神的な強さを掘り下げられるも、戦闘の趨勢はそういった信念や覚悟ではなく物理的な戦力差においてのみ左右されるから、その時点で既に勝者と敗者は画然と区別されている。分かり易くていいね。詰まるところ世界設定において複雑多岐な社会の様子を大雑把に「中世」と「現代」とに切り分け、更にそこから作品全体を貫く価値基準として「自衛隊へのアクセス」が置かれている。だから登場するキャラクター(勢力)の性格や役割は、その二分法のふるい分けに回収される限りでしか描かれず、それ以上の詳述はなされない。中共米帝もまとめていらっしゃい! 剣と魔法とドラゴンが同居するゴチャゴチャしたファンタジー世界で、ヴァルキューレの騎行を背景に自衛隊がミサイルパーリィ。んー、一つ言っておきたいのが無節操なパッチワークは作品の性格に由来する部分だから、それを技巧の問題として読み込むとエラー吐いて死ぬと思う。私のTLは既に死屍累々。





例によってオチはないです。