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亜人、火星人、現代人



少し前のトゥギャりにモンハンで何でモンスターを倒すのか分からないというモノがあって、なるほどグリムガルの高二病自己啓発はここに由来するのだなと合点が行きました。ところで、家庭や学校、市当局など所属する組織内での無用な摩擦は回避に努めよ、という現代社会から個人に要請されるアプローチが「周囲への無関心を隠さない優等生」という反動形成を示し、一度死ぬことで現代社会との別離を果たして亜人ワッショイ、これまで見過ごされてきた無価値で、醜悪な、劣等的である命を残らず濯いでやるぜ。という強者礼賛のストーリーが亜人なワケですよ。一種黙示的文学と言える亜人達の破壊衝動の余波を受け、道を踏み外す現代人を死へ導く亜人ピカレスク的ロマン(原作のクズモブ登場率すごい)。そういった自らの欲望に開けっぴろげな作品群を中二病とするなら、グリムガルの場合、「俺TUEEEEとか破壊衝動とかの非理に対する改悛の姿勢にこそ道徳や健全の典型を見出すことができる。よき読者たれると確信する。その瞬間、我々は直情的にシコってる低次的でアホな読者よりも高次的な存在であると錯覚し、ひとえに安心するのだ(シコシコ……」といった規範オナニーの高二病であり、これが物語を支配するドグマじゃないですかね。わざわざWizフォロワーの箱庭世界を用意して一般に雑魚キャラで通っているゴブリンをこれでもかと相対化して斃して、ザンコクーをヒロイズムの供物にしていただろう、という非難めいた写実主義的テーゼが飛んでくるけど、どっちにしろイカ臭い物語には変わりない。無双という一つの方法論に「裏側」の想像力を求めるというコインの裏表であり、ゲームスタート時に難易度設定をイージーにしたかハードにしたかという違いでしかなく、等価等質に願望充足のカリカチュアでしかない。(これを「無人島研修」と端的に総括してた人を見つけてまじでわらった









もうちょい紙幅を埋めますか。侵襲型BMI阿頼耶識、少年兵、労働搾取、文盲、欠食児童。とまぁうず高く積み上げられた戦争リアリズムの諸設定をまとめて回収するスペースヤクザ! やったねスペースヤクザ! というプロットが姿を現した辺りからもう駄目じゃないのと諦めを誘う鉄血孤児ですが、立身出世譚の切れ端を窺わせる娯楽作品のラインならこんなもんだろうと言われれば納得はできる。ただしそれなら上2作の方がずっとマシ。


擬似家族的な共同体を形成して宇宙を漂う子供達、という世界設定のロマンに対してのアンサーがやたら安っぽくて、戦闘を通して魂だの生まれ変わりだのフィーチャーしてhデブリと自由市民との間に横たわるより大きな格差、遠景としての社会構造を予告しておいてそれを「おばさん」と「ガキ」に回収したりするのw 物語上鉄華団の同輩に当たる、海賊の隷属下にある子供達やスペースコロニーの人足が世界観の悪意によって死んでいって、そのイベントの度に「ぼくたちは革命の旗手を擁する鉄華団! 強く正しく美しい騎士!」と特権性を誇示したりするのw なんか知らない間にヤクザは騎士という栄光に昇華してるのww つまり鉄華団の特権性を確認する為に毎度毎度大量死が運び込まれているんだけど、その図式の原因を「そこかしこで悪意が囁かれる革命されるべき世界」にすり替えて、娯楽作品的な善悪のグラデーションで塗り潰した物語(語り部は姫)を置いていき、次の舞台へハイジャンプ。というのを順よく繰り返してて、珍走団のメンタリティを感じなくもない。まぁ明らかにヒロイズムの着地点を見誤ってて、世界の最底辺から這い出た少年に宿る力・狂気・悲劇etcをうまく繋ぎ止められず全部スペースヤクザに接続してゴリ押しでいいじゃん的な、大して気持ち良くないパッチワーク。いやしかしそのまま鉄華団が空中分解すればあるいは。4クールあるのでいつでも手の平を返せるようにしておきます。ゥオオオルフェーーーンズ。CD買いました。